1998年09月15日(火) [長年日記]
_ ホームページのママのページを更新した。
あまりにもみすぼらしいガーデニングのページだったのでやっと見栄えがしてきてうれしい。 日記のページも作ってしまった。三日坊主の私がこんな事をしてもいいのだろうか。 でも 堂々とオープンしてしまった以上なんとかやってみましょ。
春ちゃん、骨折から4日目。少し痛みもましになってきたらしくて 仰向けから左右に寝返りしようと頑張るが自由が利かず断念している様子。見ていて胸が痛む。 明日はもっと楽になっていますように。
1998年09月16日(水) [長年日記]
_ 春ちゃんの担任と訓練の先生が様子を見にわざわざ来てくださった。 今日の春ちゃんはますます調子が良くなってきて一生懸命左右に寝返りをしようと頑張っている。表情も普段に戻り 笑顔もたくさん出るようになってホッとした。 先生方もそんな様子だったものでちょっと安心されたようだった。 訓練の先生にしてみれば今までこつこつ積み上げてきたものを急に壊されてしまったようなそんな気持ちももたれていると思う。 これからまた1から始めなければ行けない。申し訳なく思う。日頃子供のために一生懸命取り組んでくださっていて頭が下がる。 まぁそんなことは一言もこぼされず「元気そうなお顔を見られて良かった!」と言ってくださった。 担任の先生も 何かあったら 何でも言ってくださいとおっしゃった。 感謝! ついでに言えば突然の家庭訪問のおかげでとっちらかっていた部屋がきれいになった。 も一つ、感謝!!
1998年09月17日(木) [長年日記]
_ 炊飯器の新しい内釜が届いた。
少し前からどうもご飯を保温しておくと そんなに長く置いてはいないのにな〜んかいや〜な臭いがしていた。 内釜を見ると傷があった。たぶんここから何かが溶けだしているんだ、そう判断して早速内釜だけ取り替えることにした。
新しいのが届くまでご飯はふつうの鍋で炊くこととなった。 そんなことはほとんどやったことがない。 アウトドアで 空き缶でご飯を炊こうとチャレンジした事があったが 芯が残って最悪の出来。 で、今回は私の勘をあてにする方法は危険なので、「調理」という本を引っぱり出してきて 「飯の炊き方」に忠実に従って炊いてみた。結果から言うと大成功! ほかほか、つやつやご飯が炊きあがった。 そして嬉しいのが、『お焦げ 』 。 小さい頃おばあちゃんが炊いてくれたご飯をよそってもらうときに「おばあちゃん、お焦げのとこちょうだーい」・・・ 何とも懐かしくこおばしいかおり・・・ しばらくは我が家のキッチンに『お焦げ』のいいかおりが漂う日が続いた。
「お鍋で炊くのも いいなぁ。」って言ってた私だけどまた今日から スイッチポン! 次の機会にアウトドアでご飯を炊くときはおいしく炊ける自信が付いた。きっと、たぶん・・・
1998年09月18日(金) [長年日記]
_ 早朝、ベランダに真っ白な朝顔が4つ咲いた。
今日は成ちゃんの歯医者さんの予約日。 舌を噛んでしまうことや 摂食についての悩みがあるので相談したくて。 ところが朝から38度5分の熱。う〜ん・・どうしよう・・ でもここの歯医者さんの奥さんが 隣で小児科医院を最近開業された。それも その先生は 就学前から療育園でお世話になっていた先生なので面識がある。 とりあえず出かけた。 まず歯医者さんで 熱があるので小児科で診てもらって無理がなければお願いします、と伝えて、 一歩隣の小児科で診察を受けた。 どうやら大したことはなさそう。この時には37度3分に下がっていたが無理は禁物。 「歯科でどんな治療をするのか聞いてあげる」と先生は診察室の奥へ消えて行かれた。歯科と小児科と奥でつながってるんだ。 すぐに今度は歯医者さんが小児科の奥から現れて 「今日はお口の中を診るだけにしようね、歯科の方へいらしゃい。」と声を掛けていただいた。 小児科の方に「ありがとうございました」と言って玄関を出ればそこは歯科の入り口。 こういう連携ってとっても助かる。 先生同士(夫婦)で 成ちゃんについて前もってちゃんとカンファレンスができているようだった。 歯医者さんではお口の中をよく診ていただいていろんな説明を受けた。 今まであんまり歯科に子供を連れていかなかったけどここなら積極的に足を運べそう。今なら虫歯のない歯。 大事にしてあげなくちゃ。
明日も咲くかな、真っ白な朝顔・・・
1998年09月19日(土) [長年日記]
_ 春ちゃん、骨折1週間後の診察。
担任の先生が「学校生活での注意点を聞いておきたいので」と言うことで一緒に来ていただいた。 一人でどうやって行こうか悩んでいたのでとても助かった。 成ちゃんに関しても今日は学校への送り迎えができないので 家で誰に見てもらうか手回しに苦労した。 実家の母、義妹、他 になんとかお世話になることができた。 レントゲンを撮って先生の診察。やっぱり少し曲がって骨が付くことになりそう。 歩けない春ちゃんにとって 手術してまで真っ直ぐに骨をつなげなくても 普段の生活には支障はなさそうだけど やっぱり親としては悲しい。
春ちゃんが問題を感じずに平気で生きていければそれで良いんだけど。
学校は行っても良いそうだ。 担任も安全でかつ、楽しい学校生活を送れるようにと何かと配慮してくださる。
次回の診察は1週間後。
Z・Z・Z・・・・・・おっと、ここまで書いてどうやら寝てしまった・・疲れたもんな、今日も。ここまでにしておこーっと。 おやすみ、ムニャムニャ・・・
1998年09月20日(日) [長年日記]
_ 日曜日。みんな揃っておうちでゆっくりした。いや、おとうさんはパソコンに向かって仕事をしていた。
発見!13日に蒔いた パンジーとビオラの芽が出ていた。う〜っ楽しみだ〜。 ひょっとして失敗したときの事も考えて 苗も買うつもり。 パンジー系は冬にも強いらしいので 早ければ今年中に花を楽しむ事もできるらしい。 あと、名前にひかれて苗を買おうと思っているのが“クリスマスローズ”。クリスマスの頃に花を付けるとか・・・ なーんか ロマンチックでドラマチックじゃないですか。 11月になったら 去年、買うだけ買ってほったらかしのチューリップも植えなくちゃ。ちゃんと芽が出るかちょっと心配。 楽しみ、楽しみ。
夕方、親戚のおばちゃんが「春ちゃん どーやー?」って来てくれた。 夜は お父さんのお友達が「春ちゃん、どーやったん?」と電話で訊ねてくれた。
春ちゃん明日から学校へ行きます。皆さんありがとう!
1998年09月21日(月) [長年日記]
_ 春ちゃん骨折後初めての登校。
学校ではストレッチャーや 足を投げ出して座れるように椅子を工夫してもらった。 1日無事にすみ心配するほどでもなかったようだ。 学校ではまだ今までのような笑顔は出ていないらしい。まぁメソメソすることも無かったとのこと。 ギブスが取れるまでは 本人も調子が出ないだろう。 成ちゃんは緊張が強く熱が39度もあり休んだ。 風邪などの症状は無い。 “ひえぴた”貼って、部屋を涼しくしているとだんだんと下がってきた。 やっぱり緊張のせいだったんだろう。緊張というのは 何もんなんだ!成ちゃんを苦しめて・・・なんとか退治できないものか。
台風7号が近づいているらしい。まだ表は静かに雨が降っている程度だけど。先に台風8号が通過していった。変なの。
1998年09月22日(火) [長年日記]
_ 台風8号に続き7号が直撃。学校はお休み。
午後から凄い雨と風でおそろしかった。ベランダが日頃から掃除できていないのにも一つ散らかってしまったやんか。 でも雨のおかげで窓が綺麗になったみたい。あぁ、ものぐさな私・・・
春ちゃん機嫌悪い。足が痛むのか、ギブスで気持ち悪いのか、一言でも訴えることができたらなんとか対応してあげられるのに。 でも夕方ある時から急に落ち着いてきてご機嫌になった。 お父さんが帰って来たからかなぁ。今までの不機嫌がウソみたいに。 まぁ、そうたいしたことではなかったみたい。たぶんメンタルなことだったんだろう。痛いよりはまだ良い。
なーんかぼーっとしていた一日だった。 寝不足がたたっているようだ。私が夜更かしして、成ちゃんが早起きしてくれるからたまんなーい。ブツブツ・・
1998年09月23日(水) [長年日記]
_ 高槻の成合でセスナ機墜落だってー、びっくりした。 八尾の飛行場から飛んでいくセスナ、時々家から見えてる。夜はその点滅を見て「あれは実はUFOじゃないか?」 と密かに思ったりしている。なんで落ちちゃったんかなぁ・・・怖い。
久しぶりに白玉団子を作った。フルーツの缶詰と小豆の缶詰があったから ちょっとしたデザートができた。私が小さい頃母が夏によくつくってくれた。私もお手伝いして ゆで上がった白玉をお玉ですくい上げて氷水につけてた。おーい、うちの子もお手伝いしてくれ〜。 他に寒天とか、プリンとか ホットケーキとか いろいろ手作りしてくれたっけ・・・ 明日はプリンでも作るとしよう。 いや、明日は忙しいからまた今度・・と言うことで・・おやすみ。
1998年09月24日(木) [長年日記]
_ 今朝養護学校の先生から電話で「大雨警報が出ているので休校です」との連絡が入った。 実は私、寝坊して電話を聞いたのは8時30分頃だったけど 先生は7時頃から何回も電話してくださっていたとのこと ありゃー、しまったぁー、どうもすみません! と言うことで今日も子供達は家にいた。 しばらく買い物に行けてないので困った。 昼食はありったけの食材・・いえ、わずかな食材で めちゃくちゃ変な取り合わせの献立となった。(我が家は旦那も家で昼食をとるのです)チキンラーメンと煮豆とウインナー。あと、残る食材は生姜とニンニクと麺類しかない。 午後旦那に子供を見ていてもらってなんとかスーパーへ行って買い物を済ませた。 良かった・・・夕食はこれでなんとかなった。 明日は学校へ行けるんだろーなー。 お天気何とかならないとお洗濯もスッキリ乾かず イヤな臭いがしてしまう。これにはアリエールが良いらしいがほんとかなぁ。 なんでもいいけどお天気、良くなって!
1998年09月25日(金) [長年日記]
_ 春ちゃんの泣き声で目覚めてベッドから飛び起きた。
「どうしたん?はいはい、大丈夫よー」 居間で春ちゃんと成ちゃんが寝ている。春ちゃんがぐずっている。 「今、何時?・・・5時か・・・朝の?・・・なんで子供達が居間で寝てるの?・・・バスタオルだけ体にかけて冷えてない?・・・あれ お父さんはどこ?・・・」なんだかその場の状況がすぐわからない。朝の5時なら 朝御飯の用意をしようか、それとも もう少し寝ようか、いったい私は今から何をすべきか頭が回らない。子供達だけで居間で一晩寝てしまったのか・・・? よく見ると私はパジャマではなく普段着・・・意味もなく部屋の中を見回す・・・ 何がなんだか解らず頭が真っ白な時間が続く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ??????????????????????????????????? 朝の5時ではなく夕方か? ようやく解ってきた。 そうか、昼寝してたんだ、学校から2人を連れて帰って 「ちょっとだけ・・」と自分のベッドにダイビング。それが爆睡となってしまったらしい。寝不足、続いてるからなぁ、疲れてるんだわー。 いやぁー、びっくりしたぁー、あんなに頭が真っ白になってしまったのは初めてだ。しかも結構長い時間だ。 教訓!うたた寝、または昼寝はベッドでするべからず。目覚めたときに朝と間違えておおボケしちゃいます。
1998年09月26日(土) [長年日記]
_ 春ちゃん骨折から2週間後の診察。
はぁー、どこも病院は待ち時間が長い。 レントゲンを撮ってもらった。「このぼんやり白くなっているところが 骨ができてきたところです。」とドクター。 へーっ、すごいもんだなぁ。ちゃんと骨ができてきてくっついてきているんだ。 人間の体って 意識外のところでけなげに働いてくれている。大事にしんとあかん。 次回1週間後に、ギブスの交換の予定。「このような機械で切りますがいやがりますかね」とドクター。 「大きな音がするとちょっと怖がるかも・・・」というと「どんな音がするかと言いますと・・」と、その機械を動かして見せてくださった。 春ちゃんはちょっと怪訝そうな表情をしていたがマッ大丈夫でしょう。 と言うことで来週ギブスの交換。 それにしても優しいドクター。丁寧だし、言葉かけも優しい。ちょっと素敵だったりして・・・
1998年09月27日(日) [長年日記]
_ 日曜日・・・また雨。
今日の「波瀾万丈」はオウム事件で有名になった有田芳生さんだった。 私の母校の高校(NOBさんのでもある)の卒業生と言うことは知っていたのでちょっと興味を持って見た。 現在の実家も大山崎だと聞いたことがある。 見ていると転勤であちこちに行っておられる。 高校時代の話しになった。「出てくるか・・?」イヤにわくわくする。 高校入学はよその学校だった。「違うやんか・・・」NOBさんが言い終わらないうちに画面は見慣れた私たちの母校! 2年生で転校されてこられたとのこと。有田さんが母校に残された業績は運動を起こして府から予算をもらい食堂を設置されたことらしい。 お世話になった食堂の写真が映し出された。そうかあるのが当たり前だと思っていた食堂は 有田さんを先頭とする生徒たちの運動のおかげでできたものだったんだ。へぇー。 私の周りでも大なり小なりの運動を起こして障害のある人たちがよりよく生きていくため 活動している人がたくさんある。 いつの世も運動を起こしていかないと世の中は変わっていかないのか? 誰もがおかしいと思っていても決めごととして従わなければいけないことが多い。小さな事からコツコツか・・・
ところで我が家の掲示板に入れない。なんで?不安がよぎる・・・
1998年09月28日(月) [長年日記]
_ 子供を学校へ送った後買い物にスーパーへ。
開店後30分位だったから 品物を陳列してる途中だったりする。そんな中、たぶんメーカーの人が品物を卸しに来てたんだと思う、50歳くらいかなぁ、髪は白髪混じりの7.3分けできれいにセットされてる。カッターシャツにスラックス姿で 眉毛が濃い。 ぱっと見て 「お父さんに似てる・・・」 今年1月に亡くなった父にな〜んかよく似てたんだな、これが。 どこの誰だか知らないおっちゃんに私の父の面影を重ね合わせるのは正直言ってちょっと不本意と言うか 安易にそうはしたくなかったけど そうは思いながらもやっぱりよく似ていた。 ちらちらと様子をうかがっているとますます父の仕草が思い出されて一瞬現実から思い出の中に引っ張り込まれるような感じがした。 「おっと、おセンチになっている場合じゃないゾー」 バタバタしながら買い物を済ませあわただしく家事に追われて一日を過ごしたが・・・ ・・・父は今頃のんきに暮らしているだろうか、楽しくやってくれているだろうか、私はもっと話がしたかったんだよ。 涙がこぼれてしまった。 そんなことあのおっちゃんは何も知らない、知るはずがない。罪なおっちゃん。
1998年09月29日(火) [長年日記]
_ 成ちゃんちょっと調子がもひとつだなぁ。
今朝も痰が絡んであまりご飯が食べられない。自分でもうまくいかなくてイライラするのかよく泣いて緊張も強い。朝食を 食べさせることよりリラックスさせることに時間がかかった。 8時に起こして学校へと家を出たのが10時過ぎ。時間かかりすぎ。でも仕方ない。 学校に着くまでの車中も いつおう吐するかわからず気が気でない。 今日は何事もなく到着。当然授業は始まっているがその辺は柔軟に対応してもらえてありがたい。子供のペースを大事にしてもらえる。行くと教室前の花壇で薩摩芋掘りをしていた。成ちゃんも先生に抱っこしてもらって 学校に来たと言うことをよくわからせながら取り組みに入っていく。 先生がお芋を掘っている様子をじっと見ていた。 「じゃ、お願いします。」と私は学校を後にした。 いつも「ゲー(おう吐)しんときや。楽しく過ごしや。」と心の中で祈る。
3時に学校へ迎えに行った。 まずおう吐しなかったかどうかが気になる。 今日は少し痰のようなものを吐いたとのこと。大したことはなさそう。 家に帰るとすぐ寝た。時々緊張で体をくねらせる。 連絡帳を見ると給食はあまり食べられていない。注入して栄養を補充しなければいけない。
何かにつけてできない方向に変わってきている。たくさん食べてたくさん動けていたのに・・・ 小さい頃の写真を見ると可愛いと言う気持ちとこんな事ができていたのに・・・と言う気持ち。 今私の気持ちをどこに置くか・・・それが一番問題かもしれない。
1998年09月30日(水) [長年日記]
_ 春ちゃん学校へ成ちゃん歯医者へ。
不随意運動のため舌の同じ所ばかりを噛んでしまうので歯医者さんと相談の結果 舌を噛んでいる乳歯でとんがっている部分を少しだけ削ってもらった。 成ちゃんの歯を削るってなんかとっても大変そう・・・と大泣きの場面を想像してちょっと怖かったけど 優しい先生で手際よく難なくこなしてくださった。サスガ。 成ちゃんは体も小さいし噛むことも充分できていないので顎の発達が悪く これからどんどん歯が生え替わっていっても顎の大きさに収まりきらずどうやら歯並びが悪くなってしまいそう。やっぱり噛む事って大事なんだ。 歯医者さんは長い目で診ていってくださるおつもりらしい。 ありがたい。
成ちゃんも歯医者の後 学校へ。 その後私の今日の目標は 「パソ友」を買うこと。つまり「パソコン主婦の友」と言う年4回発売の雑誌。 ネット上でただいま評判で 私は何の事かわからないまますっかり勢いだけで本屋さんへ。 あった、あった!これだ。 カラーページたっぷりでCDロム付き。んー、なるほどパソコンでがんばる主婦の記事が載っていてまだ何もわからない私も 刺激を受けてしまう。してみたいことが山ほど。 でもこの本にさえ ゆっくり目を通している時間が無い私にあれこれできるはずがない。 まぁ、いいっか。 欲を出しすぎずに今できていることを大事に確実なものにしていこう。 あれ、これってまさしく春ちゃん成ちゃんのことだワ。 春ちゃん成ちゃん、ママと一緒にがんばろうね。